東京地方裁判所 平成7年(ヨ)21183号 決定 1995年10月20日
債権者
山口創一
右訴訟代理人弁護士
中西義徳
(他五名)
債務者
株式会社ジャレコ
右代表者代表取締役
金沢義秋
右訴訟代理人弁護士
隈元慶幸
同
丸山裕司
同
赤羽富士男
同
谷原誠
主文
一 債務者は、債権者に対し、平成七年一〇月から同八年九月まで毎月二五日限り、金一九万二六〇〇円を仮に支払え。
二 債権者のその余の申立てをいずれも却下する。
三 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
一 債権者が、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成七年一〇月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一九万二六〇〇円を仮に支払え。
第二事案の概要
一 当事者
債務者は、業務用ゲーム機器及びソフト、家庭用ゲームソフト及びその他の製作、販売等を業とする資本金二三億一五七四万三〇四六円の株式会社であり、平成六年三月現在の従業員数は三五〇名、その平均勤続年数は二・九年である。
債権者は、平成五年八月一九日、債務者と雇用契約を締結し、試用期間の後同年一一月一九日に本採用され、開発四部(配属時点では開発一部であったものが組織変更された)商品企画課においてグラフィックデザイナーとして業務に従事していた。
債権者の賃金は、平成六年三月以降、毎月の固定給一九万二六〇〇円であり、毎月二五日に支給を受けていた。
二 本件解雇
平成六年九月七日、債務者は、債権者の所属する開発四部の組織変更、人員削減及び希望退職者の募集を発表した。これは、同部を開発三部に吸収し、四部全体の人員(部長以下四一名)の二割をめどに希望退職者を募集する(募集期間は同月一六日まで、退職は同月二〇日付けとする)というものであった。
債務者は、同月一九日、債権者に対し、債権者を戦力外と判断したことを理由として同日付けで解雇する旨の意思表示をした。
三 以上の事実は当事者間に争いがなく、右解雇について、債権者は、労働組合を結成した債権者を嫌悪してこれを排除する目的をもってなされたものであり、整理解雇を装った不当労働行為であるから解雇権の濫用であって無効であると主張し、債務者は、平成五年秋以降業績悪化が深刻化し人員削減が是非とも必要とされたために行った整理解雇であって有効であると主張する。
第三当裁判所の判断
一 被保全権利について
1 疎明資料(書証略)及び審尋の結果によれば以下の事実が認められる。
(1) 人員削減に至る経緯について
今般の不況下にあって業務用及び家庭用ゲームソフトの需要が一巡し、ゲーム業界の市況は悪化していたが、債務者においては、平成五年秋以降これが深刻化していた。
債務者会社の第二一期(平成六年四月一日から同七年三月三一日まで)の期初の利益計画においては、経常利益を四月から六月で三二〇〇万円の損失、七月から九月で四億一二〇〇万円の利益を見込んだが、実績は六月時点ですでに三億八四〇〇万円の損失を計上するに至り、通期では経常利益で約七億円の損失が見込まれる状況となった。
なお実際に、通期で、売上高は計画で一四五億円であったのが、実績では五五億七〇〇〇万円、経常利益は計画で八億五〇〇〇万円であったのが、実績では一三億三七〇〇万円の赤字となった。
債務者は、業績不振の打開策として、平成五年度に完成した三二ビットの基本ボードに対応するゲームソフトの開発に注力すべく、開発四部にこれを命じたが、平成七年三月までの間に、一、二機種しか製品化に至ったものはなく、この開発遅延・中止が赤字を増大させる一因となった。
以上のような状況で、債務者は、平成六年六月において、物件費を削減すべく一億一二〇〇万円を削減する修正予算を計上したが、物件費についてはそれ以前から既に相当の抑制を行っていたので、これ以上の削減は困難であると判断し、人件費の削減を行わざるを得ないと判断した。
(2) 解雇回避のための措置について
人件費の削減については、平成六年四月以降、役員をはじめとして課長代理以上の管理職の昇給を止めた上、実際の支給額を一・五ないし二〇パーセントの範囲で減額し、また平成六年夏の賞与についても支給率を削減し、これらにより五二〇〇万円の支出の削減を図ることとした。
人員の自然減については、同年七月に三〇名、八月に一〇名、九月に一〇名、平成七年一月に一〇名、二月に一〇名、三月に一〇名を見込み、平成七年三月までに合計八〇名を削減する計画を立てていたが、平成六年六月に至り当初の見込みを変更する必要が生じ、七月に五〇名、九月に五〇名と変更され、これにより給与等の支出を六三〇〇万円削減することとした。
同年九月までに六三名が退職したが、債務者は、自然減に期待することは無理であると判断し、業績不振の主要因となったと目された開発四部を縮小し、開発三部に統合することとし、希望退職の募集対象を同部に限定して行うこととし、平成六年九月七日、希望退職募集を発表した。その人数は同部の人員の約二割に相当する一〇名程度とし、条件は月給の二か月分を支給し、退職金は会社都合の場合の五割増とする、休日出勤の代休は買い上げる、対職安との関係では会社都合の退職とする、退職日は九月二〇日とする、寮利用者については最長一か月の利用を認める、募集期間は九月一七日までとする、というものであった。しかし、実際には希望退職者は七名(うち二名は希望退職を申し出たが、継続中の開発業務が決着するまで慰留されていた)にしかならなかったため、四名を解雇せざるを得なかった。
他方、債権者は、六月二八日に退職勧奨を受けたことから労働組合を結成することが必要であると考え、八月九日「連帯労働者組合」と称する労働組合(債務者会社内における職場組織は「連帯ジャレコ」と称し、債権者が代表者である)を結成し、同月二三日に債務者にこれを通告した。
右組合は団体交渉を申し入れ、債務者は、九月一日にこれに応じたが、形式的な回答に終始した。その後、右希望退職の件が発表された九月七日、右組合は右の件を議題とする団体交渉を申し入れたが、債務者は、これに応じなかった。
右組合に加入した債務者会社の従業員は、債権者を含め三名であったが、その後債権者を除く二名は、同組合を脱退したり、債務者会社を退職したりした。
(3) 人選について
債務者は、本件解雇に当たって業務遂行能力に勤務態度等を加味して人選を行うこととした。
債権者は、グラフィックデザイン担当者として、デッサン力は比較的良好な評価を得ていたが、それを動画において表現する知識・感性に物足りないところがあり、マイペースで仕事をするタイプとみられていた。
また、債権者は、平成六年八月以降、残業や休日出勤を余り行わず、その勤務態度はわがままで協調性に欠けると評された。
以上のような諸要素を考慮して、債務者は債権者を開発四部に属する他の三名とともに解雇の対象とすることとした。
2 解雇の効力
以上を前提に本件解雇の効力について判断する。
右に認定した事実によれば、債務者においては平成五年秋以降急激に経営が悪化し、人員削減の必要が生じたこと、勧奨退職者が予定人員に達せずやむなく四名の解雇に踏み切らざるを得なかったことが認められる。しかしながら、四名の人選については能力と勤務態度を基準として行われたことが認められるものの、人員削減の対象を開発四部に限定したことや、同部所属の者の中で被解雇者四名を選定するに当たり、他の従業員と比較してどのようにその能力や勤務態度が劣ると判断されたのかについて具体的な検討の結果が窺われず、人選の過程が合理的であったとの疎明は十分とはいい難い。
また、その手続においても、労働組合の団体交渉の申し入れを拒否しているばかかりか、人員削減の必要性について説明をして協力を求めるなどの措置を講じた形跡や希望退職を募る段階でも予定人員に達しなった場合には解雇を行うことがあり得ることが伝えられた形跡もなく、考慮期間をわずか一〇日間しか与えられていないなど、性急に過ぎるとの感を免れない。
これらを考慮すると、本件解雇は合理的な人員によるものとは認められない上、信義的に従い誠実に手続を進めたものともいえず、解雇権を濫用してされたものであって無効であると解するのが相当である。
二 保全の必要性
疎明(書証略)によれば、債権者は、債務者からの賃金を唯一の収入源とする労働者であり、本件解雇により賃金の支払を拒否されたことによって生活に困窮していること、賃貸アパートに単身で生活していることが認められ、疎明によって認められる家賃、食費、公共料金、生命保険等の支出状況等諸般の事情に鑑み、平成七年一〇月から同八年九月までの範囲で右賃金の仮払いの必要性があると認めるのが相当である。
なお、地位保全の仮処分については、賃金の仮払いを命ずる以上にかかる処分を発すべき必要性は認められないと解する。
三 結論
以上によれば、本件申立ては、主文第一項記載の賃金の仮払いを命ずる限度で理由があるので、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申立てを却下する。
(裁判官 吉田肇)